NO.226 反省より日本人の誇りを
終戦から80年となる節目の8月15日、私は靖国神社へ赴き、仲間の地方議員達と昇殿参拝した。議長公務で神奈川県戦没者追悼式に出席した年以外は、私は必ずその日に靖国神社に参拝している。
今年は例年より多くの人々が靖国神社に集っていたようで、午前10時には本殿まで2時間待ちの長い行列ができていた。そして、その行列には若年層が確実に増えているように感じた。いよいよ、自虐史観を植え付けてきたオールドメディアの洗脳から国民が目覚め始めたのではないか。
同日、全国戦没者追悼式が武道館で開催されたが、その式辞の中で、石破総理は民主党政権以来となる「反省」という言葉を13年ぶりに用いた。これは、安倍総理が「戦後の謝罪外交に終止符を打つ」とした70年談話に対する挑戦であるように私は思う。近々、石破談話を出すつもりのようだが、やること全てが日本の国益を損ねるだけだろう。さすが、安倍総理が、生前、この人だけは総理にしてはならないと言っていたという人物だ。反省すべきは、ここ3回の選挙で大敗した自分自身ではないのか。
今年も幾人かの閣僚、次の総裁候補の国会議員が靖国神社に参拝したが、いつものようにオールドメディアが煽り、中国、韓国が日本人の歴史認識を批判してきた。しかし、戦前、アジア全域を侵略・植民地化していたのは欧米列強であり、ましてや、日本が侵略された750年前の元寇に対して中韓は謝罪などしてはいない。さらに、現在進行形で数百万のウイグル人をジェノサイドしている中国に対して我々が謝罪する道理など全くない。
「そう簡単に勝てるなどとは思っていません。しかし、負けたとしても、その後どうなるのです。おわかりでしょう、我々の命は講和の条件にも、その後の日本の運命にも繋がっているのですよ。そう、民族の誇りにも」これは特攻隊員の言葉だが、私達は彼らが命懸けで守ろうとした未来を生きている。日本人の誇りを守らねばならない。